『GIFT』 古河原 泉 展
投稿日:2026年5月31日(日)
そう語る彼女の作品世界と、その制作の裏側に込められた想いに迫ります。
デザインとアート、二つの顔を持つクリエイター

古河原さんは、実在する身近な女性をモデルにした作品を描くほか、グラフィックデザイナーとしても活躍。2013年に開催された渋谷Bunkamura Galleryでの初個展を皮切りに、多数のギャラリーで個展を開催し続けています。
「デザインをする時と、絵を描く時では違う人間なんじゃないかというぐらい、スイッチは完全に切り替わります」と古河原さん。彼女にとってアートとは「取材をして、自分で感じて、自分の感覚を外に出す」という、極めて個人的で、だからこそ嘘のない情熱のアウトプットだと話します。
空気を共有し、感じた色を描く

古河原さんの作品の大きな特徴は、圧倒的な「ライブ感」にあります。
「リアルのもの、生のものに興味があります。実際にその現場で、その対象と空気を共有しながら、自分なりに感じて、それを解釈してアウトプットするというスタイルです」 。
対象と同じ空間に身を置き、呼吸を合わせることで初めて見えてくるもの。それを頭で難しく解釈するのではなく、感じたままの色彩としてキャンバスに置いていく 。
「頭で考えすぎると“説明”になってしまう」と語る古河原さんは、感動や衝動の鮮度が落ちないうちに、脳を介さずストレートに筆に感覚を乗せることを理想としています 。だからこそ、制作にかける時間は短ければ短いほど、「成功」と言える作品になるのだそうです 。
「内面の強さ」に惹かれて描く、女性たちの姿
会場を見渡すと、多くの魅力的な女性たちの人物画が並んでいます。しかし、古河原さんが描こうとしているのは、いわゆる「表面的な美しさ」ではありません。

「単に外側だけの美しさではなく、表面に滲み出ている内面だったり、その人が歩んできたネガティブな部分や乗り越えてきたもの、自分自身と向き合って一生懸命に生きている姿に惹かれます」 。

人は誰しも、他人には見せない葛藤や、乗り越えてきた過去を持っています。古河原さんは、モデルとなる人物と対峙したとき、そうした「人間としての深み」に触れ、自分なりの解釈が体の中に湧き上がってきた瞬間に「描きたい」という衝動に駆られると言います 。
単に綺麗に整った笑顔ではなく、その人がふと見せる本質的な表情。それこそが、観る人の心を揺さぶる理由なのかもしれません。
バレエダンサーとの共鳴、プロセスに宿る美
今回の展示の大きな見どころとなったのが、東京バレエ団でゲストプリンシパルを務めているバレエダンサー・上野水香さんを描いた作品です 。
多忙な上野さんのリハーサルやゲネプロ(最終通し稽古)の取材では、言葉を交わす時間はわずかだったといいます 。しかし、表現者同士の感性は、言葉を超えて深く共鳴していました。

古河原さんが惹かれたのは、ポスターになるような完成された「決めポーズ」ではありませんでした。
「そこに行くまでのプロセスや、舞台に立つ以前の稽古のシーンに魅力を感じます。その人の本質が見え隠れするプロセスや自然な動きの中に『描きたい』が生まれるから」 と、その理由を話します。

特に印象的だったのは、青を基調とした作品『ユリ』にまつわるエピソード。
完成した作品を見た上野さんは、「この作品を見ると、足にすごくフォーカスして強さを感じる。でも実はこの時、私も足を意識してダンスしていた…」と、驚かれたそうです 。
古河原さんもまた、宙に浮くような軽やかさの中、地についた片足に強烈なエネルギーを感じ、そのシーンを切り取っていました。まさにこの作品は踊り手と描き手、二つの魂が通じ合った瞬間であったともいえます。
「あるがままの姿のバラ」に、母の姿を重ねて

人物画と並んで、来場者の足を止めていたのが大きな「バラ」の作品。これは、古河原さんのご実家の庭で、お母様が大切に育てているバラがモチーフ 。「私が母を最も感じるのは、バラをはじめとする生花が家にあること」と、古河原さんは作品への想いを話します。
「母が育てたバラは、花屋で見かけるような均整の取れた姿ではなく、陽の光を追って曲がった枝や、蕾を多く持つ不揃いな形もありました。でも、そのみずみずしい姿には、生命力や自由さが満ち溢れていると感じていました。私にとってバラを描く行為は、自然の中で伸び伸びと育つバラを慈しみ、手をかけて育てる“母の存在”そのものを描き出すことなのかもしれません」。
整えられた美しさではなく、ありのままの生命力、生活の中に息づく「野性」。そこに愛着と魅力を感じて筆を走らせる古河原さんの視線は、対象への深い愛情に満ちています。
憧れから親愛へ、動物たちとの距離感

会場には、人物や花だけでなく、ボルゾイや馬といった動物を描いた作品も展示されていました。

北海道の競馬場まで足を運ぶなど取材を重ねる中で、馬が持つ凛とした強さや、厩務員や騎手など馬たちが身を委ねた人に対するやさしい眼差しに触れ、その姿を描いています。
さらに、学生時代から憧れだったというボルゾイ 。当初は「高貴で遠い存在」として捉えていた対象も、取材を重ね、距離が近づくにつれて見え方が変わってきたと話します。
「取材を重ねて自分と距離が近くなると、人間味だったり、ちょっと間が抜けた可愛さだったりが見えてくるんです。高貴で届かない存在ではなく、身近な愛おしさを感じるようになります」 。
渋谷ヒカリエ8/で対話が生まれる
今回の会場となった「渋谷ヒカリエ8/」は、ギャラリー、ワークスペース、カフェなどが融合した、クリエイティブで開かれた場所です。 「作品の『正解』を伝えるのではなく、見た方が見て感じたものが答えでいい」 。 そう語る古河原さんのスタンスは、多様な人々が行き交うこの場所にとてもよく馴染んでいます。

私は実際に会場で、古河原さんの描く作品を見て、涙を流さずにはいられませんでした。全ての作品から感じられたのは、綺麗事だけではなく、日常のさまざまな問題に立ち向かいながらも、前を向いて進むポジティブなエネルギーだったから。
言葉による説明ではなく、絵そのものが放つエネルギーが、見る人の心にある物語と共鳴し、新たな感情を呼び起こす。それは受け手にとってさまざまであって良い。この空間には、 古河原さんが望む「作品を通じた鑑賞者との対話」 が生まれていました。
「頭で判断するよりも、感覚をストレートにぶつけたい」。
その純度の高い創作活動は、これからも私たちの理屈で凝り固まった心を解きほぐし、忘れかけていた「感じる心」を呼び覚ましてくれるはずです。
次回の展示では、どんな「Gift」が私たちに届けられるのか。古河原泉さんの今後の活動から目が離せません。
●INFORMATION
古河原泉 作品展『Gift』
- 会 期:2025年10月3日(金)〜19日(日)
- 場 所:渋谷ヒカリエ8/ Bunkamura Gallery8/
- 主 催:Bunkamura Gallery8/
- 公式Web:https://kogaharaizumi.com/