マリー・ルプティは詩人チェスワフ・ミウォシュが『Tidings』(便り)で投げかけたこの問いを、自身の作品の中で幾度となく取り上げてきました。彼女のノートには、天体図や幾何学図形、ミウォシュの言葉が何度も書き込まれては消され、ページを追うごとに変化を遂げていきます。これらのデッサンは、現れては消え、変容していくこの過程を繊細に表現しながら、痕跡を残そうとする人間の営みを想起させます。重ねられた色彩の層に無数の線と点で構成された絵画のシリーズ『Tailor of Time』には、色と幾何学模様が織りなす宇宙のような壮大な空間が広がります。そこには、線を引く、点を打つといった反復する作業から生まれる「構造」と、偶然が生み出す「混沌」が美しく混在しています。
古代ガラスのような独特の質感と色彩を備えた熊谷峻のガラス作品は、文明の記憶の結晶のように光と時間を内包しています。鋳造技法を用いて制作されるこれらの作品は、蝋で原型を作る工程から始まり、石膏の鋳型にガラスを流し込んだ後、時間をかけてゆっくりと焼成されます。その過程における窯内の温度変化や、土や金属といった素材の融合がガラスを変容させ、複雑で予想外の表情をもたらします。長い工程を経て、ついに石膏の型を割って取り出す瞬間は、まるでタイムカプセルを掘り起こすときのように胸が踊る瞬間だと作家は語ります。
ルプティが創造する広大な宇宙を背景に、熊谷のガラス作品は小さな惑星のように配置され、呼応し合う空間を構成します。響き合う彼らの作品は、私たちが生きる世界やその文明を見つめ直すための新たな視点を与えてくれるのではないでしょうか。
本展「Tidings」は2024年にパリで開催された「Tailor of Time」展を再解釈し、新たに制作された作品とあわせて展示いたします。また、本展の為にマリー・ルプティのノートを再現したアートブックを制作しました。展示作品とともに、ぜひこちらもお手に取ってお楽しみください。
マリー・ルプティ / Marie Lepetit
国立造形芸術高等ディプロムおよびパリ国立装飾美術学校の学位を取得。音楽や詩文学から深くインスピレーションを得て、絵画、ドローイング、版画など多岐にわたる創作を行う現代アーティスト。パリ国際芸術都市での3年間の活動後、ベルギーやフランスの国際版画センターでレジデンスを重ね、レポレロ『mOOn』を制作。彼女のウォールドローイングや絵画は、FRACピカルディやトゥルコアン美術館をはじめ、多くの公的・私的コレクションに収蔵されている。近年は女性芸術家コレクティブ「la Tangente」での活動のほか、東京やパリを舞台に国際的な展示を精力的に展開している。
熊谷峻 / Shun Kumagai
1983年秋田県生まれ。2007年に秋田にてガラス工芸の学位を取得後、富山のガラス工房に5年間所属。2017年に秋田へ戻り、現在は自身の工房で制作活動を行う。作品は蝋で原型を作り、石膏型にガラスを流し込む鋳造技法を用いて制作される。型に流し込まれた厚いガラスの層は光を閉じ込め、表面の土や金属と混ざり合って古代のガラスを彷彿させた複雑な表情を形作る。その光と希望に満ちた作品は国内外で広く展示されている。
展示詳細HP : crossartparis.com
Instagram : @crossartparis