渋谷ヒカリエ8階のクリエイティブスペース「8/(はち)」で、フロア全体を通して一貫したテーマで開催される『SHIBUYA WANDERING CRAFT』。タイトルにもある「WANDERING」には、素晴らしい「驚き(wonderful)」と、知的好奇心に満ちた「疑問(wandering)」という2つの意味が込められています。
2014年から始まったこの企画展は、「旅」や「暮らしの再定義」「本」などをテーマに、生産者やクリエイターと繋がる体験型のイベントとして毎年開催され、私たちの日常を少し違う視点から見つめ直すきっかけにもなっています。
世界中をパンデミックで襲ったコロナや、通信や物流の進化によって世界中が大きく変わる中、多様な価値観や、個々の「欲しいもの」や「やりたいこと」が細分化されています。だからこそ今、大切になるのは、身近にある「工夫」で日常を少しずつ変えていく力ではないでしょうか。
『SHIBUYA WANDERING CRAFT 2025』は、デザインやアート、食、スポーツといった多様な切り口から、フロア全体が「工夫」という一つのテーマで染まり、偶然の出会いや新しいアイデアに触れながら、みんなで未来の暮らしの可能性を探る機会となりました。
「工夫」とは、何かをわかりやすくしたり、楽しくしたり、続けやすくするような「しやすくなる」という可能性のことです。さまざまな価値観や、必要性が細分化されている現代では、身体や感情、年齢など様々なハードルを下げることが非常に大切だとされています。
「ゆるスポーツ」とは、世界ゆるスポーツ協会が提唱する、年齢や性別、運動能力の壁を優しく取り払い、だれもが楽しめるルールや道具、概念に工夫を凝らしたスポーツです。なかでも興味深かったのは「ゾンビフルネス」というプログラム。
現代人の多くは、1日に6万回もの思考を繰り返し、過去の後悔や未来の不安に意識を奪われていると言われています。この「思考過多」な状態から抜け出す手法として、昨今では、今この瞬間だけに集中する「マインドフルネス」が注目されていますが、その言葉にどこかハードルの高さを感じてしまう人も多いようです。
そうした心のハードルを下げ、マインドフルネスを身近に体感できるよう工夫したプログラムが、「ゾンビフルネス」です。このプログラムは「自我を捨て、ただ、今を生きる」存在としてのゾンビに着目し、世界ゆるスポーツ協会と近畿大学の共同開発プログラムで生まれました。
ゾンビには「コスパ」や「タイパ」といった概念がありません。あえて「人間を辞める」という究極の工夫を凝らすことで、理屈ではなく身体感覚から強制的に思考をリセットすることを目指しています。
まずは、人間界でやり残したことや大切な人に言いたかった言葉を紙に書き出し、頭の中のモヤモヤを外に出します。その後、「ゾンビのエキス」を吸い込み、吐き出す息とともに「人間の邪念」を声に出して解き放ちます。
そしていよいよゾンビへの生まれ変わりへ。仰向けやうつ伏せで重力を感じ、手を使わずに不規則な動きでゆっくりと立ち上がります。視界をぼかし、何も考えずに体の重みや足裏の感覚だけに集中して歩きます。「目は半分閉じて…頭に何かが浮かんでも、浮かんだことを認識し、右から左に流して、ゆっくりと歩みをすすめるだけ」というナビゲートに身を任せるだけで、自分の思考や行動を客観的に俯瞰していきます。
このプログラムのユニークな工夫は、ゾンビという設定を利用し、「マインドフルネス」という心理的ハードルを下げている点。
「僕みたいな運動音痴の人も、それこそお年寄りも、障がいを持っている人も。みんなができるマインドフルネスで、色んな人たちが混ざり合って、笑いながらできるスポーツ」だと考えていると、世界ゆるスポーツ協会の澤田智洋さんは話します。
最後にはゾンビの集団で「人間の心のエネルギー」を思い出すワークに。
「ただリラックスするだけでなく、一度ゾンビになって日常のストレスやしがらみを一度手放すことで『本当に大切にしたい願い』『やりたかった思いに立ち返る』が鮮明になり、本質に向き合うことができる」と澤田さん。
年齢や立場を超えて多様な人々が交差する渋谷「8/」ならではの、新しい心の整え方を実践する場となりました。
こちらは、みんなで本を持ち寄り、みんなで運営する本屋「渋谷◯◯書店」。
『SHIBUYA WANDERING CRAFT 2025』のテーマである「工夫」に合わせ、この期間限定で『工夫書店』へと様変わりしました。
約30cm四方の小さな木箱を「自分の本屋」として持つ100名を超える棚主(オーナー)たちが、「わたしの“工夫”を支えてくれた1冊」をテーマに偏愛的選書を行なっています。料理や仕事、暮らしの知恵から生き方のヒントまで、それぞれの個性と愛情がたっぷり詰まった本がずらりと並ぶ空間は、訪れる人に新しい視点とワクワクを与えてくれます。
お店を訪れてまず目を引くのは、本に添えられた手書きのポップ。ある棚主さんは、ノート術の本を紹介しながら「この本を読んでマイノートを書き始めました。思考の整理にもなるし、振り返って見るのも楽しいです」と、自身の具体的なエピソードを熱量たっぷりに綴っています。
ただ本が並んでいるだけでなく、「この本を読んで自分がどう変わったか」というリアルな体験談が添えられていることで、本選びがぐっと楽しくなります。誰かの「工夫」が別の誰かの背中を押す、そんな温かいコミュニケーションが生まれていました。
『WONDERING CRAFT 2025』の会期中Bunkamura Gallery 8/で開催されたのは、40名以上作家による、暮らしに身近なアートを紹介した「ART designs DAYS」。
部屋に飾りやすいサイズの作品を中心に、カラフルでポップな平面作品から、シックで重厚感のある立体作品、こだわりの照明器具や器まで、多種多様なテイストのアートが並びました。
「アート」と聞くとどこか敷居が高いように感じがちですが、リビングや寝室にアートを飾ることで、生活空間がぱっと華やぎ、日々の暮らしがぐっと豊かになるもの。学術的な理論に囚われず、純粋に「アートのある心地よい暮らし」を楽しむきっかけを提案しています。
会場には、平面の絵画だけでなく、素材の持つ力を活かしたユニークな立体作品もずらりと並びます。中でも目を引くのが、現代美術家・富田菜摘さんによる孔雀の立体作品「レオナルド」です。
富田さんは、日常生活から出る使用済みの缶や壊れた家電、調理器具といった金属廃材を組み合わせ、いきいきとした動物の姿を創り出す造形作家。この孔雀をモチーフにした作品も、よく見るとスプーンやフォーク、ザル、空き缶などで構成されています。本来なら捨てられてしまうはずの「廃材」が、元の形や色を残したまま、繊細で力強い命の輝きを放つアートへと生まれ変わる。まさに、今年のテーマである「工夫」を体現するような、驚きとユーモアに満ちた作品です。
会期中には、インテリア誌「I'm home.」の編集長・大南真理子さんを迎え、「一緒に暮らしたいアート」をテーマに、アートを取り入れた心地よい空間づくりのコツを学ぶギャラリートークも開催されました。
便利さや機能性といった「合理性」が求められがちな現代。そんな日常に、ちょっとした「思考の余白」を使った“工夫”を教えてくれたのが、クリエイティブユニット・Palab(パラボ)による「つかえそう展」です。
Palabは、工場などで意図せず生まれた産業の端材(ハザイ)を集め、それらをパラレルな世界の素材と見立てて作品を創り出しています。会場となったCUBEには、一見すると使い道がないようなハザイにひと手間を加え、何かに「つかえそう」なモノに変身させた作品たちがずらりと並んでいました。
例えばこの木彫りの熊。穴あけパンチで丸くくりぬいたカラフルな端材が、身体中を覆うことで、伝統的な木彫りがPOPな装いに。
「ゴミにするかしないかは、その人の見方次第。デザインの視点があれば、どんなモノにも付加価値をつけることができる」とPalabのカネヤタカカズさん。
会場を歩いていると「捨てられるはずだったもの」が、なんだかキラキラとした宝物のように見えてくるから不思議です。
意味があるかどうかはひとまず置いておいて、「これ、何につかえそうかな?」と想像を膨らませてみる。そんな「工夫」の時間にこそ、私たちの暮らしを豊かにするヒントが隠されているのかもしれません。
フロアの中央に位置する「COURT」の一角では、アーティスト・小木曽瑞枝さんの作品が展示・販売されていました。小木曽さんは、街角や自然など、私たちの身近にある日常の風景をスケッチし、それを木の板(シナ合板)に書き写して切り抜き、鮮やかな色を塗って立体的な作品を創り出すアーティスト。
絵画のようでありながら、木の厚みがあるため、見る角度によって影の落ち方や表情がくるくると変わるのが特徴です。豊かな色彩で彩られた可愛らしい形の中に、元となった風景の面影がふわりと感じられる、とても不思議で温かい魅力に満ちています。
期間中は小木曽さんの世界観を体験する「アーモンドチョコレートの箱を使って“アーモンドチョコレート?”という作品を作ろう!」というワークショップも開催。
食べ終わったらそのままゴミ箱へ捨ててしまう見慣れたお菓子の空き箱が、参加者の手によって思い思いのアート作品へと生まれ変わり、展示されました。
Palabの「ハザイ」の展示と同様に、ここでも「捨てられるはずのもの」が、見方や工夫次第で宝物に昇華する工夫が生まれていました。全員が同じパッケージを素材にしているからこそ、出来上がった作品にそれぞれの個性や「工夫」がくっきりと表れるのが面白いところです。
渋谷ヒカリエの「8/」という開かれた場所だからこそ、特別なアトリエに足を運ばなくても、お買い物の延長でふらりと立ち寄り、アーティストと同じ目線でものづくりを楽しむことができます。日常に潜む「工夫」の種を見つけ、日々の暮らしを自分らしく彩るヒントを持ち帰ることができる、そんな温かいアート体験の場となっていました。続くレポートでも『SHIBUYA WANDERING CRAFT 2025』での工夫の体験をご紹介します。
SHIBUYA WANDERING CRAFT 2025
場所 渋谷ヒカリエ 8階 Creative Space 8/(8/COURT、8/CUBE ほか)
会期 2025年8月23日(土)〜31日(日) 11:00 - 20:00
主催 渋谷ヒカリエ 8/、一般社団法人世界ゆるスポーツ協会、ART FRONT GALLERY、Bunkamura Gallery 8/、渋谷⚪︎⚪︎書店
https://www.hikarie8.com/home.shtml
『SHIBUYA WANDERING CRAFT』について
渋谷らしい新しい発見や出会いの場として開催している夏の企画展です。タイトルの「WANDERING」には、wonderful(驚き)と wandering(疑問)の2つの意味を込めています。2014 年から「旅」「暮らしの再定義」「本」「渋谷」「DIY」など、毎年さまざまなテーマを設け、新たな発見や価値観を与えてくれる担い手と共に開催しています。ワークショップやトークセッション、展示などを通じて、発見し、考え、交流することを目的とした、8/ ならではのイベントです。