8/Report

木桶でつくった醤油を知り、味わい、話す。食文化を残すためのイベント「木桶による発酵文化サミット in 東京2026」

作成者: 管理者|2026年8月7日(金)

投稿日:2026年8月7日(金)

2026年6月25日(木)〜27日(土)​​、渋谷ヒカリエ8階のクリエイティブスペース「8/(はち)」にて、「木桶による発酵文化サミット in 東京2026」が行われました。

このイベントは、「木桶職人復活プロジェクト」が主催となって毎年開催されており、全国から木桶仕込みの醤油をつくる醸造家たちが集まります。各地でイベントを行っていますが、東京では渋谷ヒカリエ「8/」のみで開催され、今年で5回目。なかには、醸造家に会うのを楽しみに、年に一度の東京開催を楽しみにしている方も。

本記事では、そんなイベントの一部をレポートします。

食卓に欠かせない「醤油」が危機に瀕している?


“「新しい桶がつくれんいうことは、これから100年たたんうちに、ほんまに桶がなくなる、いうことや」” (『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』竹内 早希子 著/岩波ジュニア新書 より)

私たちが日常的に使う基礎調味料である「醤油」。そんな醤油の伝統的な製法が、今、危機に瀕しています。

本来であれば、2〜2.5mもの巨大な木桶でつくられる醤油。木桶の板にたくさん住み着いている「蔵付き」と呼ばれる微生物は、年数を重ねるごとに独自の生態系をつくっていき、醤油の香りや味わいに深みを出しています。

しかし、戦後、ステンレス素材の桶の普及や、伝統的な製法は費用対効果が低いなどの理由から、木桶を使う醸造所は減少していきます。現在では流通されている醤油のなかで、木桶仕込みのものはわずか1%。それに伴い、桶を製造する桶屋も2010年の時点でたった1社のみとなりました。

「木桶職人復活プロジェクト」は、伝統的な製法でつくられた木桶醤油の需要を広げ、木桶をつくる職人を復活させようという取り組みです。発起人は、ヤマロク醤油五代目の山本康夫さん。

山本さんが子どものころは、桶を使ってかくれんぼをしていたほど、日常の風景に馴染んでいたという醤油仕込み用の木桶。身近に感じていた木桶が衰退の道を辿っているのを知ったのは、食品メーカーでの営業職を経て、家業に戻った時でした。

それは、大阪の木桶屋に新しい桶を発注した際のこと。その桶屋さんからびっくりする言葉が飛び出したのです。

「醤油屋から新桶の発注が来るのは戦後初だよ」

さらに、桶屋さんはこう続けます。

「自分たちはもう70代だ。桶職人には後継者もいない。もし桶が壊れたら、あなたたちが自分で直すしかない」

木桶は修繕をすれば100年以上使えるため、新しい桶の発注はなかなかあることではありません。それに加えて、品質が安定しやすいステンレス桶を使う醤油屋が増え、木桶職人の仕事は言わずもがな減少しているのでした。

このままだと、木桶をつくれる職人がいなくなってしまう。そして、100年もたたずに、伝統的な木桶仕込みの醤油がつくれなくなってしまう。

自分たちがつくっている醤油が衰退の一途を辿っている。しかし、そんな現状に絶望せず、前向きなアイデアを出すのが山本さん。

「自分たちで桶をつくったらおもろいんちゃう? そんで、自分たちが桶づくりの技術を受け継いでいけばいい、と思ったんですよね。そんなこんなで桶屋に桶づくりを習いに行ったのが、木桶職人復活プロジェクトのスタートです」



2012年に始動した「木桶職人復活プロジェクト」は、確実にその輪を広げています。
年に1回開催される小豆島でのサミットには、全国の醤油屋のみならず、食品流通業者や国内外の料理人も参加。木桶醤油の個性的豊かな味わいに魅了される人が増え、生産量も上がっているそうです。

長年、山本さんの活動を見続けてきたD&DEPARTMENTの相馬夕輝さんは、キックオフトークのなかで「木桶職人復活プロジェクト」の活動が実を結んでいることのすごさについて、こう語ります。

「伝統産業というものは、衰退の道を辿ることはあれど、需要が増えるというベクトルに向かうことは稀で、奇跡のようなことです。

だからこそ、『木桶職人復活プロジェクト』はいろいろな生産者が自分の産業について考えるヒントになる。木桶の文化を守るために山本さんをはじめとした醸造家が全力をかけている取り組みを、もっといろいろな人たちが真似をしたほうがいい。心からそう思っています」

東京開催は5回目となる今回のサミットでは、「若手の挑戦から、醤油の未来が動き出す。」というテーマを掲げ、若き醸造家が今本気で学びたい内容に沿ってプログラムが組まれました。

醤油を味わい、木桶文化を知る

 醤油は実際に味わってこそ。プログラムのなかには、参加者が実際に木桶醤油を味わい、味覚から醤油の奥深さを知ることができるワークショップや、食事会も用意されていました。 

ワークショップ「感覚をひらく、木桶醤油のマッピング」は、作家・料理家である樋口直哉さんが個性豊かな木桶醤油を科学的に分析。味や香りをマッピングした表を見ながら参加者が実際に醤油を食べ比べたり、食材とペアリングしたりして、自分の好みの醤油を見つけることができるプログラムです。


「感覚をひらく、木桶醤油のマッピング」に登壇した3人。写真左から、岡直三郎商店の岡宗晃さん、作家・料理家の樋口直哉さん、弓削多醤油の弓削多洋一さん

「ほとんどの場合、旨味の強さや、味の濃淡で語られることが多い醤油。しかし、一口に『旨味が強い』『味が濃い』と言っても、そのなかには多彩なグラデーションがあるんです。

熟した果実やキャラメルのような甘いふくよかな香りの醤油は、照り焼きやプリンの隠し味に使うのにぴったり。燻製やコーヒーを感じさせる重厚な香りの醤油は、ステーキや豚の角煮、マグロの漬けに合いますよ」

各醤油の個性を、まるでワインソムリエのように言語化していく樋口さん。参加者も、普段なかなかできない醤油の食べ比べを楽しんでいました。

 

 

「木桶醤油・発酵文化のつづくをたべる会」では、各蔵の醤油をふんだんに使った料理がテーブルにずらりと並ぶ幸せな光景が。食べることや醸造家との会話を通じて、醤油や発酵文化の奥深さを知る機会となりました。


メニューの傍に置かれたポップには、それぞれどの蔵の醤油を使っているかが書かれており、じっくりと読む人も多かった


木桶醤油を使ったすき焼きは、香ばしい香りがふわりと開き、食べる前からすでにおいしかった


醤油を使った料理に合う、おいしいお酒もたくさん用意されていた


からあげは、味付けの醤油がそれぞれ違う数種類が次々と会場に運ばれ、参加者は食べ比べを楽しんだ

若手醸造家が各蔵のストーリーや、仲間の醤油のおいしさを語った両プログラム。

参加者からは「醸造家から直接話を聞いてから味わうと、醤油がより一層おいしく感じる」という感想が飛び出しました。

ワークショップ「感覚をひらく、木桶醤油のマッピング」では、各テーブルに若手醸造家がつき、自分のつくる醤油について語る時間が設けられ、参加者の一人からはこんな感想が。

「背景や歴史などをつくり手から直接聞くと、不思議と醤油の味わいが変わったように感じました。自分のテーブルで話してくれた醸造家さんのつくった醤油が、今日から私の推し醤油です」

木桶文化の未来を託された若手醸造家

「若手の挑戦から、醤油の未来が動き出す。」というテーマで開催した、今回の木桶による発酵文化サミット。

木桶職人復活プロジェクトのなかの、醤油の海外輸出を進める取り組み「木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアム」も、今年から若手が主導することになりました。

木桶文化を未来に受け継ぐプロジェクトの担い手として、若手醸造家はなにを考え、取り組むのか。若手メンバーのリーダーでもある、日東醸造の蜷川泰輔さんにインタビューしました。

「発信」は木桶醤油メーカーにとって欠かせない仕事


「木桶職人復活プロジェクト」の今後を託された、若手醸造家の面々

━━「木桶による発酵文化サミット in 東京2026」のテーマは、「若手の挑戦から、醤油の未来が動き出す。」でした。若手が主導となってイベントを開催した感触はいかがでしたか?

トークの進行や、運営、準備も含めて、わからないことも多く、たくさんの人にご協力いただきました。これまでイベントを動かしてきた先輩たちはすごいと思いましたね。

━━でも、言ってしまえば、イベント運営は醸造会社にとって畑違いの仕事ですよね。それでも自分たちでイベントを開催するのは、木桶醤油の発信のためですか?

そうですね。今、僕ら木桶醤油メーカーにとって一番必要なのは発信だと思っていて。

僕らが日常的に使う醤油って、手頃な値段のものが多いですよね。でも、僕らは大手メーカーさんと同じ価格では絶対にやっていけません。だからこそ、自分たちの醤油のよさを自分たちでちゃんと伝えて、「少し高くても買いたい」と思ってもらえるようにしていかなければいけない。


イベントごとに、目の前のお客さんにどう伝えればいいのか、どんな言葉が刺さるのかを考えていますね。わざわざ足を運んでくれた方には、ネットで調べても出てこないような濃い情報を持って帰ってほしいと思っています。そして、参加者の方々が渋谷から口コミを広げてくれる。普段は全国に散らばっている醸造家たちが毎年この渋谷ヒカリエ8/に集まることは、すごく意味のあることだなと思います。

 

━━「濃い情報を持って帰ってほしい」という思いはとても伝わりました。各イベントで醸造家とお客さんが会話する時間を設けたり、トーク内のみなさんの掛け合いが絶妙だったり。それぞれの醤油のこだわり、ストーリー、醸造家の人柄まで知ることができたのが楽しかったです。

各地でイベントを行うと、「醸造家に会いに来ました」「この人がつくっているから買います」など、まるで「推し活」のような理由で参加・購入してくださる方がたくさんいらっしゃるんです。つくり手に会って、どういう人柄か知ってもらい、味はもちろんのこと、人間性含めてファンになってもらう。それが、結果的に木桶醤油の発信につながっていくと思うんですよね。

 小豆島で知った「競合同士」が支え合う理由 

━━キックオフトークで話されていたことが印象に残っているので、詳しく伺えればと思っています。蜷川さんは、小豆島での「木桶による発酵文化サミット」に初めて参加した際、醸造所同士の仲のよさにびっくりしたそうですね。

僕はアパレル業界を経験した後、すぐに家業には戻らず、別の醤油メーカーに入ったんですね。営業職として、3年間、競合他社とシェアを奪い合う日々を過ごしていました。

そのあと、父の経営する日東醸造に入社しました。そしてある時、「醤油屋の集まりに行く」と言う父について小豆島に向かったんです。

驚いたのは、集まった醸造家たちが、他社の醤油をおすすめしていたこと。集まっているからには仲よくするのは当然だけど、商売の世界では競合他社じゃないですか。それなのに、「〇〇さんの醤油は本当においしいんですよ」「この食材にはうちの醤油より、他社さんのがおすすめです」と、嬉々として話しているんです。

 

━━前職では考えられないことだった。

はい。「何をしているんだろう」と本当に不思議で。でも、だんだんとその意味を理解できるようになってきました。ほら、自薦より、他薦のほうが説得力が出ることってあるじゃないですか。それぞれが他社の醤油の魅力を知り、言語化をする。言葉が刺さると、お客さんが醤油を一本買ってくれる。そんな地道な取り組みの積み重ねもあって、実際に木桶醤油全体の売上が大きく伸びています。

「木桶による発酵文化サミット」のミッションは、木桶醤油の需要を伸ばし、木桶職人を復活させること。さらに、木桶をつかった発酵文化を後世に受け継ぐことです。この大きな目標は、一社だけでは絶対に成し遂げられない。醸造所や木桶に関わる人の力が集まって、初めて達成できることだと思うんです。醤油屋同士でシェアを奪い合っている場合じゃないんだ、力を合わせることが重要なんだ、と気がつきました。

100年後も木桶文化を残すために必要なこと

━━「木桶による発酵文化サミット」は、ヤマロク醤油の山本さんが「100年後、木桶仕込みの醤油はなくなってしまうかもしれない」と危機感を抱いたところからはじまっていますよね。若手醸造家として、100年後に木桶醤油を残すためには、どうしたらいいと考えていますか?

まずは木桶醤油の需要を高めて、売上を増やすことですね。長く続けるためには、桶の修繕や、設備投資は避けて通れないと思うので。そのためにも発信を続けたいと思っています。醤油も人も、個性豊かなことが僕らの売りなので、その魅力をもっとたくさんの人に伝えていきたいですね。


「木桶職人復活プロジェクト」でお馴染みとなっている、イベントの締め。「やったる(樽)で〜!」「おっけ〜!(桶)」と、醸造家と参加者が一緒に叫んだ

もうひとつは、楽しく仕事をすることだと思っています。数年後、数十年後に業界に入ってくる次の世代は、僕らの働く姿を見て育ちますから。

僕自身も、父の仕事ぶりを見て「なんだか楽しそうだな」と思って日東醤油に入ったんです。父には一度も「継げ」と言われたことはない。たぶん、儲からないし苦労も多い仕事だから、言いづらかったんだと思います。でも、そんななかでも父は楽しそうに仕事をしていた。この世界に入ったのはそれが大きかったですね。

 

━━お父さんが楽しそうに仕事をされていたのは、「木桶プロジェクト」とも関係があるんでしょうか。

絶対にあると思います。年に一回、小豆島でのサミットに参加すると、みなさんの情熱がすごくて、エネルギーをもらえるんですよね。その熱を自分の蔵に持って帰って、すぐには実現できないような大きな目標を周りに語る。そうすると、大体「なにを言ってるの」って一蹴される(笑)。それでもまた次の年に小豆島へ行って、もう一度熱をもらって帰ってくる。それを何年も繰り返しているうちに、少しずつ実現することが増えていく。

発起人の山本さんや、醸造家たちの熱意に触れられることが、このプロジェクトの一番大きな価値なんじゃないかと思っています。父も同じことを感じているんじゃないかな。


木桶の箍(たが)でフラフープをする、ヤマロク醤油の山本さん 

木桶醤油を使うことで誰でも参加できる「木桶職人復活プロジェクト」

木桶仕込みの醤油を未来に残すため、そして新たな木桶職人が生まれるために、醸造家と参加者が共に考える場となった「木桶による発酵文化サミット in 東京 2026」。

D&DEPARTMENTの相馬夕輝さんは、トークイベントのなかで「日々のお料理に、みなさんが木桶醤油を使ってくれたら」と語りました。

「食文化は、食べる人がいてこそ長く続きます。やっぱり、消費者である僕たちが木桶醤油を使うことがなによりも大事なんですよね。毎日は使えなくても、普段使いの醤油の他にもう一本、木桶醤油を置いておくとか。そういった意味では、『木桶職人復活プロジェクト』は醸造家だけではなく、すべての人が今日からでも参加できるプロジェクトなんだと思います」

渋谷ヒカリエ「8/」で開催された本イベントは、食文化に関心のある方だけでなく、ふらっと立ち寄った方や海外からの観光客など、渋谷ならではの幅広い客層で賑わいました。

香りも味わいも個性的な木桶仕込みの醤油。そんな日本の「おいしい」を守るためのプロジェクトに、ぜひ今後も注目してみてください。

会場となった渋谷ヒカリエ「8/」のすぐ隣にある「d47食堂」では、イベント会期以外でも、数種類の木桶醤油を購入することができます。

 

INFORMATION

木桶による発酵文化サミット in 東京 2026

開催期間:2026年6月25日(木)〜6月27日(土)

開催場所:渋谷ヒカリエ8階 8/ COURT

https://www.hikarie8.com/court/event/kiyokesummit2026